この記事は、高齢者の便秘を「全身性の疾患のサイン」として捉え、消化器病の専門医である眞部紀明 医師の知見や最新の研究データ(TUS、超音波検査など)を引用しながら、そのリスクと対策を深掘りします。なぜ便秘が認知症や心臓病のリスクを高めるのか、そして生活習慣の改善に加え、「内側からのケア」として乳酸菌が持つ可能性について解説します。
【ご注意】本記事は参考情報であり、医師の診断・治療を代替するものではありません。症状の改善には、必ず専門の医療機関にご相談ください。
高齢者の便秘はなぜ危険なのか?全身をむしばむ深刻なリスク
高齢者の便秘を放置すると、単に「お腹が張る」「痔になる」といった問題を超え、生活の質(QOL)を著しく低下させ、命に関わるリスクにまでつながることが指摘されています。
便秘が引き起こす「フレイル」「認知症」のリスク
最近の日本の研究では、慢性便秘がフレイル(虚弱)の状態、さらには介護が必要な状態への進行に関わることが示唆されています。便秘による食欲不振や栄養障害は、サルコペニア(筋肉減少)を招き、これがフレイルを誘発するという悪循環です。[1, 2]
さらに、便秘の症状が重い人ほど認知症を発症するリスクが高まるという研究結果も示されており、便秘は脳の健康にも密接に関わっていると考えられています。[3]
「慢性便秘は、フレイル、認知症、心血管疾患、慢性腎臓病など、高齢者の広範な疾患と関連していることが、最近の研究で示されています。(中略)慢性便秘がサルコペニアなどの栄養障害を引き起こし、フレイルを誘発する悪循環は、便秘から始まります。したがって、適切な慢性便秘の治療と予防は、介護状態への進行を防ぐために重要です。」
(*川崎医科大学総合医療センター 部長(教授)・眞部 紀明 医師)
転倒・骨折リスク、そして「腸-腎臓-心臓軸」との関係
排便時に強くいきむことは、血圧を急激に上げ、脳卒中や心筋梗塞のリスクを高める可能性があります。また、トイレでの過度ないきみや、便秘による体調不良は、高齢者の転倒・骨折のリスクを高める直接的な要因にもなり得ます。
さらに「腸-腎臓-心臓軸(Gut-Kidney-Heart Axis)」という概念も提唱されています。腸内環境の変化によって、インドキシル硫酸やトリメチルアミン-N-オキシド(TMAO)といった腸由来の有害物質が血液中に侵入し、心臓や腎臓にダメージを与え、心血管疾患のリスクを高めることが臨床研究で示されています。[4]
なぜ高齢者は便秘になりやすいのか?加齢と腸機能のメカニズム
高齢者の便秘は、単なる生活習慣の乱れではなく、加齢に伴う腸の機能そのものの変化が大きく関わっています。
加齢による腸の「ぜん動運動」と筋力の低下
- ぜん動運動の低下: 年齢とともに腸の蠕動運動(ぜんどううんどう:便を運ぶ動き)を行う神経細胞の数が減少し、動きが鈍くなります。特に、食後の強い収縮(高振幅蠕動収縮)の頻度が減少すると言われています。
- 腹筋・骨盤底筋群の弱体化: 排便に必要な腹筋や骨盤底筋の筋力が低下(サルコペニア)することで、便を押し出す力が不足し、「機能性便排出障害」の一因となります。
見逃されがちな「直腸の感覚鈍麻」と薬の影響
- 直腸の感覚鈍麻(直腸知覚過敏): 高齢になると、直腸に便がたまっていても「便意」を感じにくくなる(直腸感覚閾値の上昇)ことが報告されています。これが便を直腸内に長時間貯留させ、便秘を悪化させます。
- 多剤併用による副作用: 高齢者は複数の慢性疾患を抱えることが多く、降圧剤や抗うつ薬など、多くの薬剤に便秘を誘発する副作用があるため、薬物による影響も無視できません。
高齢者の便秘対策:生活習慣の基本と最新の治療戦略
高齢者の便秘治療において、最も基本となるのは生活習慣の改善です。薬物療法を行う場合も、生活習慣の見直しが不可欠とされています。
便秘予防のための生活習慣チェックリスト
- 十分な水分補給: 高齢者は喉の渇きを感じにくいため、意識的にこまめに水分を摂取する。
- 食物繊維の摂取: 不溶性(便のカサを増す)と水溶性(便を柔らかくする)の食物繊維をバランスよく摂る。
- 適度な運動: ウォーキングや軽い体操など、体を動かすことで腸のぜん動運動を刺激する。
- 規則正しい排便習慣: 朝食後など、毎日決まった時間にトイレに行く習慣をつける。
特に、介護が必要な状態にある高齢者の便秘対策においては、排便の有無だけでなく、「便の硬さ(形態)」が重要であり、硬い便を避けることが、いきみによるリスク軽減につながります。[5]
薬物治療と専門医による病態評価(TUSの活用)
生活習慣の改善で効果がない場合は、専門医による薬物治療が行われます。高齢者においては、大腸通過時間の遅延や、直腸内に便が残る機能性便排出障害など、便秘の病態(タイプ)を見極めることが非常に重要です。[5]
近年、専門医の間では、非侵襲的で繰り返し検査できる腹部超音波検査(TUS)が、大腸通過時間の目安を間接的に評価したり、直腸の便貯留状態を把握したりするのに有用である可能性が示唆されています。[6]
薬の選び方についても、自己判断で刺激性下剤を連用するのではなく、専門医の指導のもと、浸透圧性下剤や上皮機能変容薬など、便の性状を改善する薬を使用することが推奨されます。
高齢者のQOL改善を支える「内側からのケア」としての乳酸菌の可能性
薬物治療が難しかったり、生活習慣の改善だけでは不十分な場合、食事を通して腸内環境を整える「腸活」が補完的なアプローチとして注目されています。
善玉菌が腸に及ぼす影響
腸内の善玉菌(乳酸菌、ビフィズス菌など)は、有機酸(乳酸、酢酸など)を生成し、腸内を弱酸性に保ちます。この環境が、悪玉菌の増殖を抑制し、また腸の蠕動運動を穏やかに刺激して排便を促すことが示唆されています。便通が整うことで、前述のTMAOなどの有害物質の産生を抑えることにもつながると考えられます。
研究が示す「米由来乳酸菌(LK-117)」の有用性
乳酸菌は多種多様であり、その働きは菌株ごとに異なります。近年、神戸大学・兵庫県工業技術センターとの共同研究で発見された米由来の乳酸菌株「LK-117」に関する研究では、一般的な整腸作用に加え、アトピーや花粉症といったアレルギー症状に対する免疫調整機能への有用性が示唆されています。[7]
特に、高齢者は免疫機能が低下しがちであり、便秘だけでなく、様々な体調不良を抱えやすい状況にあります。日々の生活の中で、研究で有用性が示唆される特定の乳酸菌を継続的に摂ることは、便通の安定と体質を内側からサポートするための、手軽で有効な手段の一つとして期待されています。
継続摂取が鍵:乳酸菌の選び方と摂取ポイント
乳酸菌は、人によって相性があり、効果が出るまでには時間がかかります。薬ではないため、大切なのは毎日、途切れずに継続することです。
- 菌株の明確さ: 研究によって有用性が確認されている特定の菌株(例:米由来乳酸菌など)を選ぶ。
- 継続のしやすさ: 味や形状(錠剤、粉末など)が日常的に無理なく続けられるものを選ぶ。
- 過度な期待はしない: 乳酸菌は、あくまで生活習慣改善をサポートするものです。即効性を過度に期待せず、長期的な体質改善を目指しましょう。
まとめ:高齢者の便秘は「全身のシグナル」と捉える
高齢者の便秘は、単なる不快症状ではなく、フレイル、認知症、心血管疾患といった全身の健康を脅かすシグナルです。重要なのは、便の「回数」だけでなく、「硬さ(便の形態)」を正常化し、いきみによるリスクを減らすことです。
まずは水分補給、運動、食物繊維の摂取といった生活習慣の改善を徹底し、必要に応じて専門医の指導に基づく適切な薬物治療を受けましょう。その上で、研究で有用性が示唆されている特定の乳酸菌を日常生活に取り入れ、腸内環境を「内側」からサポートすることが、高齢者のQOLと健康寿命を延ばす鍵となると言えるでしょう。
→ 【米由来乳酸菌 LK-117とは?】研究で示唆されるその可能性とメカニズム
- 眞部 紀明. 高齢者の慢性便秘の診断と治療における TUS の有用性. Diagnostics 2025, 15(3), 476. (原典:Manabe, N. Clinical Utility of Transabdominal Ultrasonography for the Diagnosis and Treatment of Chronic Constipation in the Elderly. Diagnostics 2025, 15, 476.)
- 白川 太郎. 慢性便秘とフレイル. 日本内科学会雑誌. 2022; 111(9): 1735-1740.
- JAMA Neurology. Constipation and risk of dementia in older persons. 2023.
- Gut-Kidney-Heart Axisの概念に関する複数の臨床研究を参照。
- 日本消化器病学会. 慢性便秘症診療ガイドライン2017.
- 眞部 紀明 医師らによる TUS (Transabdominal Ultrasonography) の臨床応用に関する論文を引用。
- 神戸大学・兵庫県工業技術センター 共同研究発表資料 他